幻 熱
 〜大戦時代捏造噺

  


ふと気を抜けば、
どこからともなくにじり寄る幻惑に飲まれてしまい。
浮遊感に攫われたそのまま、
ほんの半日前にその身を置いていた戦さ場が感覚の中によみがえる。
燃料に発火したらしい、揮発性の高い独特の匂い。
管制塔から立ちのぼる重たげな黒煙は空を覆い、
ここへと至るまで身を置いていた、高層圏の極寒を吹き払っても余りある、
質量を感じさせるような熱風が、
不意をついての襲い来るのに突き飛ばされそうになりながら。
揚陸した敵艦空母の上、
広大な滑走路で展開された白兵戦へとなだれ込んだ戦闘が、
肌身にありありと蘇る鮮明さで、感覚のあちこちを突ついてまわる。
相手との腕の差や力量、
悟った上で、これは敵わぬと降参し合えるような“仕合い”じゃあない。
1つしかない命を核に、
与えられた使命を完遂することが何ごとにも優先される命題で。
相打ちで死んでも勝てとの無体を通さにゃならぬが戦さゆえ。
殊に 生身の敵と刃を交える白兵戦は、
向こうだって必死でかかって来るため、
寸止めだの峰打ちだのと悠長な対し方なぞ出来ようがなく。
もはやすっかりと手になじんだ得物を振るっては、
向かって来る敵、右に左に薙ぎ払い。
相手の統括の主軸を占拠しに向かった部隊への援護、
敵の戦力を分散させんと、乱戦担ってそれを維持するのがお役目で。

 『哈っ!』

刀も使うが得意は槍で。
腰を落としての身構えると、
朱柄の中ほどを支点に、切っ先と石突き交互にぶん回し。
間合いを取るよに見せかけては、
意表を突いての得物を杖に、軽々と宙を翔けて見せ、
対手の出端挫いては、血路を開くのを得意とし。
わざとに駆け出し、追わせることで囮となったり、
そうかと思えば、正攻法にての真っ向から、
超振動をまとわした穂先で、
機巧躯の重装備を片っ端から切り刻みもする、当代きっての怖いもの知らず。
白夜叉 島田が手なずけた、金髪の白狛とのあだ名もやがて、
敵陣へまで知れ渡るだろ豪傑ながら、

 「………七郎次?」

逆巻く風へと棹差す声がし、

 「如何した。」
 「………え?」

はっとして我に返れば、冴えた空気が意識を呼び覚ます。
瓦礫の山だった戦場という背景が一変し、
それは静謐な室内に立っている自身を自覚する。
基地へととうに戻っていながら、しかもしかも、

 「…勘兵衛様。」

上官の傍らにあって、その装備を解くお手伝いの最中でありながら、
その手を止めての呆と惚けていたなんて。

 「申し訳ございません。」

職務の一環、その最中に惚けるとは迂闊にも程があろうと、
ねちねち言うよな大人げない人ではないが、
だからこその恐縮も深い。
預かったままな外套を衣紋掛けへと吊るし、
ご自身で外してしまわれた手套と鉢当てをお預かりして。
次は上着をと、振り返ったところが、そのまま何かにつまづいて、

 “え…?”

ここは居慣れた執務室。
足元には何もないはずだし、出しっぱなしにしたものの覚えもないと、
そのくらいは覚えているのに。
一体何へ足を取られたのだろうかと、思う間もなくの気がつけば、
その身がぽそりと、
充実した懐ろへ、倒れ込んでの受け止められており。

 「…あ、わっ、あのあのっ!///////」

惚けた次は体当たりとは。
腑抜けるのもたいがいにせよと、今度こそは叱られかねぬ。
いやいやそれより、そうまで緩んでいたなんてと、
我が身の不安定さが恐ろしく、大きく動揺しかかった副官殿を、

 「……。」

彫の深い眼窩に収まった、深色の双眸が見下ろしていたのもほんのいっとき。
こちらもまだ、戦闘仕様の軍服のままだった若いのを、
受け止めていたそのまんま、やおら無造作に抱え上げてしまわれて。

 「え? 勘兵衛様?」

まだお着替えの途中ですと、言い出すのも聞こえぬか、
そのまま隣室への扉を通過なさると、
抱え上げたおりの動作を巻き戻すようにし、
そろりと降ろしたのが寝台の上。
さして上等でもない拵えのそれが、
ぎしりと微かに軋んだのを腰の下に聞き、
何だ何だとまだどこか展開へついてゆけない七郎次が
覚束ない顔で見上げて来るのへ、

 「……。」

そちらも特に、微笑ってやるでなくの仏頂面のまま。
寝台へと腰掛けた脚の間へ、こちらの膝を割り込ませるよう乗り上がり、
肩をとんと突いて後方へと押し倒せば、

 「…………あ。///////」

やっとのことで察しがついたか、
だがだが、まだ身を清めてもいないのにと、
あまりの性急さへと乗り遅れ、
戸惑いがちに、落ち着きなくす七郎次であり。

 「あの…。///////」

こちらは鉢当てもそのままだったの、大きな手が上へと外してしまい、
そのついでにと束ねてあった髪も解く。
ああまで油煙や煤が蔓延していた場にいたにもかかわらず、
とうに陽も落ちた薄暗い室内で、
淡く光ってぱさりと広がる、金絲の流れはいかにも清冽で。
横になった青年の、白い顔容
(かんばせ)の回りに広げられると、
優しい面差しがますますのこと柔らかな印象になる。
いまだ頬骨も立たぬままの すべらかな輪郭へと、
こちらは節のたった武骨な手を添わせ。
瑞々しくも端正なお顔をすぐ真下へと見下ろして。

 「…勘兵衛様。////////」

強く踏みつけたりはせぬようにと、
空いた空間へ膝をつき肘を置き、
そうしてその身をやわらかく縫い止めての、
そおと充実した重みで組み敷けば。
ここに至ってようやっと、勘兵衛の意図を呑んだものか。
うつむけばそちらへも振り落ちる、
長く延ばした蓬髪を、下から掻き上げて差し上げて。
そうして延べた手、雄々しい肩へと添え置いて、
青玻璃の双眸 微かにたわませ、早ようとねだる。
煙草の渋味とそれから、精悍な男臭さの綯い交ぜとなった、
御主の匂いにくるまれたくて。
ゆるりと重ねた唇、彼の側からもおずおずと吸うてみせ、

 「……んぅ。////////」

人肌恋しとすがりつくのは、その温みに安堵したいからだろか。
恐れるものなど何にもないと、
自身こそが鬼神のように、凶刃振り回しては敵を山ほど平らげる剛の者。
それでも不安を感じるからと、何かに触れて宥めたいと思うのか。
それとも…そんな自分だと見せて、
こちらの荒ぶり静めんと、我を折り、懐ろ開いてくれるのか。
上着の襟からその内へ、手をすべらせて割り開き、
肩を抜けさせ、内着をからげる。
それらを引き抜くためのこと、肩を浮かさせ抱き寄せた身が、
向こうからも腕を回しての、慕わしげにこちらの身を掻き抱いて。

 「…シチ?」

声を低めて囁けば、
いやいやとかぶりを振ってから。
それでも顔上げ、切なげに、こちらをじいと見やるから。

  ―― いやか?

小さく苦笑って野暮を訊けば。
驚いたように目を見張り、それから再びかぶりを振って。
目許を伏せつつ、誘いをかける。
こんなけしからん素振りをいつの間に覚えたやら、
叱る代わりにいざなわれ。
細いあごへと手を添えての逃がさずに。
先程よりも深く密に。
熱を分け合い、一つにならんと。
甘い吐息を余さず拾い、
生きているがゆえの鼓動を確かめ合うよに、
肌と肌とを合わせつつ。
夜陰の帳へと二人、もつれ合いつつ沈みゆく。







     ◇◇◇



惚けていたこと咎めたいのじゃあない。
自身の高ぶりのせいにしての搦め捕り、
微熱で炙って忘れさせ、そのまますとんと寝かせたいだけ。
仲間の死、悼むことを咎めはしないが、
立ち止まって搦め捕られるなと、案じてくださる優しいお人。
明日は我が身と芸のないことは言わぬ、
単に死神にまで嫌われたまでと、
辛辣に言ったそのまま、向かい風へ尖った眸をする御主なの、
見るのが辛くて泣かなくなった。
前ばかりを、御主の背中ばかりを見ていようと、
そうと自分で決めたのだから。
気遣われていてどうするか…。




 “……よう寝て。”

こらえ切れずに蜜声あげて、
あれほど妖冶に乱れた跡など微塵もなく。
すうすうという寝息も健やかに。
よほど疲れていたものか、
達したそのまま、糸が切れたように意識を飛ばし、
それはそれは深く寝入ってしまった七郎次であり。
そんな副官殿を懐ろに抱え直すと、
明かりも灯さぬ暗がりの中、
無心に寝入る白いお顔をこちらも黙って眺めやる。
夜着をまとわずともいられる頃合い、
直に触れ合う温みの懐っこさに吐息をついて、

 「…。」

今やこうして床を共にするのが当然の仲となっているけれど。
元からそのような嗜好があった彼じゃあない。
もっと言えば、信じがたくもこうまで華やかな容貌でありながら、
女性へも縁のないほど晩生なままの身で、
こんな地の果てへと送られて来てしまった青年で。
ちょっとした経緯あってのことながら、
着任してすぐにも、勘兵衛の色子、情人だという、
とんでもない肩書を勝手に付けられてしまった彼だけれど。
完全に大人たちの都合に振り回されてのそのような扱いへは、
恨んで憎んで呪ってくれてよかったものを。
そこだけは随分と、思惑から外れての計算違いな結果。
従順にという枠よりも積極的に踏み出して、
勘兵衛へ寄り添うてくれての今のこの間柄へと至っている次第。
槍や刀を振るう腕やら身ごなしやらも秀逸で、体力もあれば根気もあって。
そういった軍人としての並外れた器量に加え、
こちらの身の回りの世話まで焼く甲斐甲斐しさといい、
上官へと ちょっとでも悪態つかれたと耳にすりゃあ、
勘兵衛自身が制さねば止まらぬほどの勢いで、
激怒しまくり大暴れする血気盛んなところといい、
もはや誰もが認める“勘兵衛至上”の親衛隊一番槍だったりもし。

 “このような武骨者のどこがいいやら。”

罪作りなくらい自身の蠱惑度へ自覚がない隊長殿であることは、
まま、今は置くとして。
(苦笑)
若さに任せた一途さが、
それでも、以前に比べれば、
随分と落ち着いて来もした七郎次であり。
玲瓏透徹、冴えて鋭いはその見かけのみにあらず。
ただただ一本気だったものが、
このところは色々と考え込んでもいるようで。

 「……。」

倒した屍を踏み越えての延々と、
大局における作戦に目処がついてくれるまで、
個々人の勝手な判断は許されず。
戦局を把握した司令官からの、撤収若しくは退却の指示が出るまで、
ただただ屠り続ける“無限地獄”を、しゃにむに駆け続けねばならぬ。
相手もまた人なのだということなどなど、一切思わず考えず。
その手汚して、阿修羅になっての獅子奮迅。
戦歴重ねて身についた、勘と反射と総動員し。
生き残ったならそこでまた、新たな蓄積 身に染ませ。
それと引き換え、心のどこかが、感覚のどこかが、
少しずつ凍って麻痺していって。
行き着く先は、非情上等の上級軍人。
そんな傀儡になり果てるか、
はたまた…どこまで可能か、人の心を持ち続け、
だからこそいつまでも塞がらぬ心の傷を抱え持ち、
その痛さを耐え続けるしかない身でいるか。

 “出来れば…儂のようにはなるな。”

人を斬るのが生業なのが侍だけれど、
それが誰へも勧められる道ではないことくらいは判っている。
慕ってくれるのは嬉しいことだし、
全身全霊かけてと支えてくれるのもありがたい。
だが、こうまで豊かな人性をした若者が、それを至高としてはならぬとも思う。
職務にあたれば冷徹に切り替えも利く、肝の座った武人でありながら、
日頃は朗らかで人当たりもよくて。
そちらを生かせばどのようにでも伸びてゆける、
そんな資質が何とも惜しい。

 「ん…。」

小さく身じろぎ、そのままこちらへ擦り寄る頑是ない態へ、
ついつい見とれ、知らず口許がほころんでしまうほど、
実を言えば 何とも愛しい存在だけれど。

 「…。」

その手を血で汚し、非情になること、
慕う上官のためだからと 置き換えなくなった彼の聡明さが、
勘兵衛には そら恐ろしい。
当初は、勘兵衛の御ためと、
そればかりを思っての しゃにむに立ち働いていたものが。
御してやらねば どこまでも止まらぬほどの、
破壊殺生、たじろぎもせずにこなしていたものが。
戦さ慣れして来たそのせいか、
色々と考えを巡らす余裕も出来たらしく。
刀を取る原動力とするのはいい、
だが、それによって生じる罪までも、
慕うお人のせいにするのは、欺瞞でしかないのだと、
自身を律すようになった彼であり。
そうして何でもその身へ負ってしまうようだと、

  ―― そのままその身へ暗渠を抱え、
      自分と同じ道へと堕ちかねぬ。

こんなところでその資質、
擦り減らしてしまっていい人物ではなかろうにと思うにつけ、
愛しいと思うのと同じほど、
あまり傍らに寄せてはならぬと、真逆の想いも浮かんでしまう。
こんな矛盾をばかり抱えて、錯綜している自分のことなぞ、
何とも狡猾で不器用な壮年よと、呆れてくれればよいものを。
真白き頬へと零れた後れ毛、そおと払ってやったれば、
くすぐったげに睫毛震わせ、そのまま ますます擦り寄って見せて。

 「…。」

人の懸念も知らずにいい気なものよと、
屈託のなさへと吐息を洩らした勘兵衛だったが。
手放すのが惜しくての触れたまま、
そおっとそっと、指先へと掬って遊ぶ金の髪。
その感触の手離し難さと同じほど、
既に居場所を作ってしまった副官殿だと、
御主の側で気がつくのは一体いつのことなやら…。





  〜Fine〜  09.03.27.


  *取り留めのない代物ですいません。
   何だかご無沙汰している大戦イツフタを、
   ふっと書いてみたくなったのですが、
   意欲ばかりじゃあ何ともならぬことって こういうのを言うんだなぁと、
   今更ながらに思い知っております。
   さあさ、某様のところで満たされて来ようっとvv
(おいおい)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらvv


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